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神戸地方裁判所 平成10年(ワ)2748号 判決 1999年5月26日

反訴原告

吉田利弘

反訴被告

丸松運送株式会社

ほか一名

主文

一  反訴被告らは、各自、反訴原告に対し、金三二三万八五〇三円及びこれに対する平成六年一一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を反訴原告の負担とし、その余を反訴被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一反訴原告の求めた裁判

反訴被告らは各自、反訴原告に対して、金一〇三七万七七〇五円及びこれに対する平成六年一一月一一日(後記交通事故発生の日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記の交通事故(以下「本件事故」という。)により負傷して損害を被ったとして、その賠償を求めた事案である。(本訴である債務不存在確認の訴えは、反訴提起の後、取り下げられた。以下、便宜上、反訴原告を単に「原告」と、反訴被告を単に「被告」という。)

二  前提となる事実(当事者間に争いがない。)

1  事故の発生

発生日時 平成六年一一月一一日午後六時頃

発生場所 神戸市中央区海岸通四丁目県道高速神戸西宮線上り三一・八キロポスト付近

原告車 普通乗用自動車(原告運転)

被告車 普通貨物自動車(被告齋藤運転)

争いのない範囲の事故態様

被告車が、中村元運転の普通乗用自動車や原告車その他の車両に次々と追突した。

2  被告らの責任原因

(一) 被告齋藤は居眠りまたは前方不注視。民法七〇九条。

(二) 被告丸松運送株式会社(以下「被告会社」という。)は、被告車を所有し、被告齋藤は被告会社の従業員として業務執行中であったから、自動車損害賠償保障法三条、民法七一五条。

3  損害填補など

(一) 被告の加入する自賠責保険ないし任意保険から、原告の治療費全額、入院雑費として六万三〇〇〇円、通院交通費として平成七年六月三〇日までのタクシー代金三九万一二九〇円が支払われた。

(二) 原告は、自賠責の事前認定では、一四級一〇号に該当すると認定されたが、労災としては一二級一二号との後遺障害認定を受け、障害補償一時金二八五万六六七二円の支給を受けた。

三  争点

1  原告の負傷と症状固定時期、後遺障害の程度。

2  損害。

3  労災保険給付のうち障害補償一時金の損害填補。

四  原告の主張

1  原告の負傷と症状固定時期、後遺障害の程度。

(一) 原告は本件事故により、頸椎捻挫(外傷性頸部症候群)、左膝部打撲、頭部打撲、頸髄震盪の傷害を受け、次のとおり入通院した。

(1) 佐野伊川谷病院 平成六年一一月一二日から同月一八日まで通院(実日数四日)

(2) 譜久山病院 平成六年一一月一八日から平成七年一月一九日まで入院(六三日間)

(3) 同病院 平成七年一月二〇日から同年六月五日まで通院(一三七日間のうち実日数一〇五日)

(4) 神戸労災病院 平成七年六月六日から平成八年八月三〇日まで通院(四五二日間のうち実日数二六三日)

(二) 原告は、平成八年八月三〇日まで労災病院に通院して同日、症状が固定したとの診断を受けた。後遺障害として、頸部・左上肢の疼痛・しびれ感、左肩運動傷害、頸部運動障害の自覚症状があり、頸部運動制限(前屈一〇度、後屈〇度、右側屈〇度、左側屈三〇度、右回旋〇度、左回旋三〇度)と運動時痛、左肩運動制限がある。左上肢全体に知覚鈍麻があり、カウザルギー様疼痛あり、とされた。

反訴を提起した平成一〇年一一月時点でも、頸部から左上肢にかけての疼痛、頸部の運動制限と運動時痛、左肩間接部の運動制限、運動時痛、筋力低下の後遺障害が残存しており、後遺症固定後も労災病院に通院している。

(三) 右障害は少なくとも後遺障害等級表一二級一二号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当する。

2  損害

原告は次の損害を被った。

(一) 休業損害 一五九万二八〇三円

(1) 給与の減収

本件事故前、株式会社竹中工務店神戸支店総務課に所属して運転手として勤務していたが、事故前三か月の月収は一五七万九二七七円であり(乙一〇の1ないし3)、日数九二で割ると日額は一七一六六円となる。休業期間六五八日を乗ずると一一二九万五二二八円となる。

この期間、竹中工務店から本件事故で稼働できなかったにもかかわらず、合計一〇四二万三〇九二円を支給受けたので、差額八七万二一三六円の損害が残った。

(2) 賞与の減収

平成六年上期・下期に各一七七万九五〇〇円の賞与の支給を受けていたが、平成七年上期・下期は各一五九万八五〇〇円、平成八年上期・下期は各一五一万〇五〇〇円であった。事故による休業による減収は、七二万〇六六七円となる(平成八年下期は、差額二六万九〇〇〇円の六分の二とする。)。

(二) 逸失利益 二二四万七三七二円

事故前収入日額一万七一六六円で月額五一万四九八〇円を基礎として、後遺障害等級一二級一二号で、労働能力喪失率一四パーセント、喪失期間五年として、新ホフマン係数は四・三六四である。

(三) 入通院慰謝料 二五〇万円

本件事故の治療のため六三日間入院し、一九か月間通院した。

(四) 後遺障害慰謝料 二七〇万円

(五) 入院雑費 九万四五〇〇円

一日一五〇〇円の割合で六三日間。

(六) 未払交通費 三四万三〇三〇円

(七) 弁護士費用 九〇万円

3  労災の障害補償給付金による填補

被害者の実損害を填補するもので、加害者に対する損害賠償請求権を填補するものではないから、損益相殺は相当ではない。

六  被告の主張

1  原告の負傷と症状固定時期、後遺障害の程度。

(一) 原告が頸髄震盪の傷害を受けたことは争う。その余の受傷は認める。原告の症状は、遅くとも、事故から七か月目の譜久山病院への通院最終日で症状固定した。後遺障害については争う。

(二) 頸部の可動域制限等については、これを裏付ける資料はない。

労災病院での平成七年六月九日の検査では、スパーリングテスト、アドソンテスト、イートンテスト等の結果はすべて正常であり、頸椎には神経根の障害はない。大後頭神経(G、O、N)の圧縮もない。上腕二頭筋、三頭筋反射も正常、筋力、筋萎縮の検査でも正常である。

ただ傍脊柱筋(P、V、M)の左に圧痛あり、左右腕神経叢に圧痛あり、左上肢全体に知覚鈍麻ありという程度の所見に過ぎない。

MRIの検査でも、頸部には異常は認められていない。

左肩部の運動制限や左上肢痛を裏付ける異常所見はない。

左上肢が右に比して少し萎縮しているが、使わないためであり、左上肢に何の異常もないとされている。腱の損傷などは全く認められない。

(三) 原告は、色々な訴えをしているが、諸検査をしてもこれを裏付けるような器質的損傷や神経学的な所見は一切ない。単なる自覚症状のみである。

原告には、実際以上に自身の体の些細な痛みなどに過敏に反応して物事を重く受け取る性癖があるように思われる。

(四) 原告は、自賠責の一四級一〇号との事前認定に対して、異議申立をしたが、却下された。

2  損害について

(一) 休業損害

原告は本件事故後も竹中工務店から給料を受け取っており、休業損害は発生していない。事故前三か月の収入から事故後の実収入が減っているとしてもその原因は不明である。六五八日休んだというが、残業手当も出ている。

賞与も支給されている。減額の原因は不明である。

(二) 逸失利益

仮に一二級相当としても、その期間は四年が相当であり、やはりその期間には減収がない。

(三) 入通院慰謝料、後遺障害慰謝料は争う。

(四) 入院雑費は一日当たり一三〇〇円が相当である。

(五) 交通費も争う。バスで通院しながらタクシー代は必要がない。

3  障害補償一時金の損害填補

労災保険金のうち障害補償一時金二八五万六六七二円は損益相殺されるべきものである。

第三争点に対する判断

一  争点1(原告の負傷と症状固定時期、後遺障害の程度)について

1  証拠(甲一、乙八の2、原告本人)によると、事故状況は次のとおりと認められる。

本件事故は時速二〇キロメートル程度で走行している渋滞中の高速道路での計八台の玉突き衝突事故であった。初めに被告車が原告車の後を走っていた普通乗用車(中村元運転)に追突し、同車が原告車に追突した。原告車は前車の軽四輪車(西方末雄運転)に追突して、同車を左に撥ね飛ばした。ついで原告車は被告車に再度追突され、前々車である保冷車(野中新二運転)に追突して、その下にもぐり込んだ。原告は中村車に追突されたとき膝を打撲し、後部座席の同乗者を振り返ったとき再追突を受けて、頭部をドア間の柱部分に衝突した。

2  証拠(甲二ないし七の各1、2、八、九、乙三、六、一八の1ないし7、一九、二〇の2、3、原告本人)によると、原告の症状、治療経過は、次のとおりと認められる。

原告は事故翌日の平成六年一一月一二日から同月一八日まで佐野伊川谷病院に通院した。頸部痛、右側頭部痛を訴え、頸部カラー固定し、左膝打撲の手当てを受けた。頸部痛が強くなり、入院を希望したが満床のため入院できず、勤務先の同僚の紹介で一一月一八日から譜久山病院に入院した。頸部の後屈時の痛みが強かった。症状は専ら頸部痛のみであって、外出もしていたし、一二月三〇日から一月三日までは外泊した。一二月初めに頸部の牽引療法を行ったが気分が悪くなるため三日で中止された。一月一七日の大震災のあと病院の設備が損傷したことや、震災被害者の収容のために、歩ける患者は帰宅するよう求められて、一月一九日に退院した。退院後、ほぼ毎日、同病院に通院した。主として温熱療法と牽引療法を受け、消炎、鎮痛剤の投与を受けていた。同年三月からは勤務先に出勤していた。このころから新しく左手痺れを覚えた。平成七年六月六日から神戸労災病院に通院した。主たる訴えは、頸部から左上肢にかけての痛み、しびれであった。このとき頸髄震盪との傷病名が加えられた。同病院でも、温熱療法、ブロック注射、理学療法(理学療法士によるマッサージ等)、作業療法の治療を続けた。かなりの改善効果があり、翌平成八年八月三〇日に、症状固定との診断に至った。この間、平成八年二月ころから、長く椅子に座っていられない、あるいは首を長い時間支えられない、といった訴えをするようになった。

症状固定後も、原告は月に一回程度労災病院に通院して、リハビリや温熱療法を受け、投薬を受け、首筋や首の周囲、上腕の痛むところに塗り薬を塗っている。

3  たしかに、原告の頸部可動域制限等について、これを裏付ける客観的所見は少ない。労災病院の初診時において、スパーリングテスト、アドソンテスト、イートンテスト等の結果はすべて正常とされているし、左肩部の運動制限や左上肢痛を裏付ける客観的な異常所見はない。原告が訴える左上肢痛について、労災病院の整形外科の山崎医師は、平成八年一〇月に同病院神経内科の診察を受けさせたが、左上肢が右に比して少し萎縮しているが、使わないためであって異常はない、とされてもいる。

4  しかし、原告の痛みの訴えは、前記の各病院の記録を見ても、概ね一定しており、単にその強弱が窺えるに過ぎない。被告の指摘する譜久山病院における原告評「神経質」との表現は、その他の記載内容から見て看護婦の観察ではなく原告の自己評価であろうし、このことから原告の訴える症状に疑問があるとできるものではない。労災病院で「自律神経失調症」の疾病名が付けられてはいるが、その病名自体、原告が実際以上に過敏に反応する性癖を現わすものではない。

自動車保険料率算定会の事前認定により、一四級一〇号と認定され、異議申立も却下されたとはいえ、その根拠はおそらく客観的な検査結果がない、というに過ぎない。

結局、原告の訴える症状が客観的な裏付けを欠くものであるとしても、現実に症状は存在しているものと認められるし、それが、本件事故により発生したことも否定できないから、相当因果関係があるものというべく、その症状から見て、後遺障害の程度は、自動車損害賠償保障法別表一二級一二号にいう「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当するものというのが相当である。

二  争点3(損害)について

1  休業損害

証拠(乙一〇の1ないし3、一一の1ないし22、一二の1、2、一三の1ないし4、二三、原告本人、弁論の全趣旨)によると、次のとおり認められる。

原告(昭和二六年三月二三日生。事故当時四三歳)は、かねて株式会社竹中工務店に勤務して、運転手として、工事現場等に社員を送迎する仕事に従事していた。本件事故により運転はできなくなり、平成七年三月ころから体を慣らす目的で出社はしていたものの、運転手としての仕事はできず、自転車整理等の仕事を行っていた程度であった。平成九年夏ころから運転の仕事を再開したが、六割程度の仕事しかできない。業務中の事故であったため、公傷休暇として扱われており、原則として受傷前と同様の給与の支給を受けている。

ただ、事故前は従事していた残業ができなくなり、その手当ては受け取れなくなった。平成六年八月から一一月までの残業手当(いずれも前々月二一日から前月二〇日までの間の残業について支給される。)は、月に一六時間ないし二四・五時間で、手当は平均六万七二六九円であった。ところが、事故後は、平成八年八月支給分までの間は、残業をせず、手当ても受けなかった(ただし、一時、運転業務ではないものの、若干の残業をしたことで合計五万四四六一円を受領した。)。なお平成八年八月末日までの間も残業はできなかったと推認される。

そうすると、平成六年一一月一二日(事故の翌日)から平成八年八月末日まで残業できなかったことによる損害は、一四〇万〇七九一円と認められる。

67,269×(21+19÷30)-54,461=1,400,791

賞与については、事故前年の受給額(半年ごとに一七七万九五〇〇円)よりも、平成七年の受給額(一五九万八五〇〇円)、平成八年の受給額(一五一万〇五〇〇円)と減少しているが、それが事故による休業のためであることの的確な証拠はないから、因果関係を認められない。

2  逸失利益

右のとおり、原告は現に竹中工務店に勤務しており、公傷扱いとなっていて、現実には残業手当の減収を生じていたに過ぎない。症状固定後、これがどの程度継続するのかを認めるべき的確な証拠はないが、症状固定までの間は、残業が一切なかったこと、その後も、運転手としての労務に完全に復している訳ではないことからすると、右手当の平均額を基準として、前記認定の後遺障害の程度から見て、今後五年程度は、一四パーセント程度の減収が生じるものと認めるのが相当である。

そうすると、新ホフマン方式により中間利息を控除すると、逸失利益は、四九万三一八四円となる。

67,269×12×0.14×4.364=493,184

3  入通院慰謝料

前記認定の入通院状況等(入院も原告の希望によるものであり、治療上必要であった訳ではない。)からすると、金一五〇万円をもって相当とする。

4  後遺障害慰謝料

前記認定の後遺障害の程度や今後の軽快の見込み等を考慮すると、二三〇万円をもって相当とする。

5  入院雑費

原告が、前記のとおり入院したことからして、ある程度の雑費を要したことは認められる。もっとも、前記のとおり、入院患者としては軽度の傷害であったことからして、一日一三〇〇円、総額八万一九〇〇円を認めるのが相当であるところ、この費用については、既に填補されている。

6  通院交通費(未払分)

平成七年六月三〇日までのタクシー代、電車代、バス代として三九万一二九〇円が被告から支払済であることは当事者間に争いがない。

原告は、譜久山病院入院中の平成六年一一月二〇日から平成七年一月一六日までの間に原告の家族が病院に赴いた際の費用(JRとバスを利用したとして。乙一六の一、二枚目)を請求しているが、原告の症状からして、家族の付添いや通院が必要であったとは認めがたいから、その請求は失当である。

このほか、原告は、平成七年七月以降の労災病院への通院交通費をも請求するが、少なくとも、このころには、三宮にある勤務先に出勤して、そこから通院していたこと、七月以降も、震災後の渋滞等のためにタクシーを利用せざるをえなかったとは思えないこと、片道はバスを利用しながら、片道はタクシーを利用するという必要があったとは認められないことからして、バス代の限度で認容しうるにとどまる。

その額は、甲七の2、乙一四、一六(三枚目から一七枚目まで)によると、合計二五三日で、往復四〇〇円であるから、合計一〇万一二〇〇円となる。

7  損害填補

原告が労災から受領した障害補償一時金二八五万六六七二円は、後遺障害に対する補償として給付されたものであって、以上に認定した損害に対する填補の性格を有することは明らかである。

8  弁護士費用

右に認容した損害賠償額のほか、本件に表れた諸般の事情からすると、原告が本件反訴の提起遂行(取り下げられた本訴に対する応訴を含む。)に要した弁護士費用としては、三〇万円が相当である。

三  まとめ

よって、原告の請求は、金三二三万八五〇三円及びこれに対する本件事故の日である平成六年一一月一一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の請求を求める限度で理由があるものとして認容し、その余は失当として棄却することとし、民事訴訟法六一条、六四条本文、二五九条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下司正明)

(別紙) 損害計算表(10ワ2784)

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